令和6年施餓鬼会の様子

まず初めに、久光院で写経の講師をして下さっている、小野師に「施餓鬼」についてご法話いただきました。
施餓鬼会では、中曲理趣経 (ちゅうきょくりしゅきょう) を行います
中曲理趣経とは、普段の、お経を歩きながら読むもので、真ん中に座られているお導師さまの作法によって生まれたお徳を、その周りを回ることにより生まれる風を自らのお経と共に皆さまに届けるものです。
施餓鬼会の法要は、僧侶の散華により始まりました。
散華とは、花を散布し道場内を清め、道場にお招きする仏さまへ供養するものです。 散らした花はお守りとしてお持ち帰りください。
そして、中曲行道の横では、施餓鬼を供養する作法が行われています。
ここでは久光院住職による、下にも記載している、あなん尊者の餓鬼供養を行っています。
そして、最後には回向文という唱えたお経のお徳をすべての人に、廻し向けて分かち合う為の文を読み、皆様に、そして、ご先祖さまに向けて、ご供養致しました。

現代の施餓鬼会

施餓鬼会とは
私達の先祖のみならず、あまねくすべての有縁無縁(うえんむえん)の霊に対し広く供養される法要であり、施餓鬼を供養することは巡り巡って私たちに大きな幸せになって帰ってくるとされています。

施餓鬼会の歴史

樹木葬「やすらぎ」

施餓鬼の由来は、お釈迦様の十大弟子のひとりでありお釈迦様の話を最も多く聞いた

『多聞第一』阿難(アナン)尊者のエピソードがもとになっていると伝えられております。

阿難が修行中のこと。彼のもとに餓鬼(あの世で常に飢えと渇きに苦しんでいる亡者)が現れ、餓鬼は阿難に対し 『お前は三日後に死んで、私のように醜い餓鬼に生まれ変わるだろう』と言いました。
‼それに阿難は大変驚き‼
お釈迦様に相談しました。そうすると、お釈迦様は
『一器の食物をお供えして、お経を唱えて供養すれば、それは、一切の餓鬼の空腹を満たし、苦難を救い、供養した者は寿命が延び、大きな功徳が得られる』と仰いました。
早速その通りに阿難が供養を行ったところ、阿難は三日後に死ぬことなく救われ八十八歳という長寿をえたということです。 それが、現代の施餓鬼会の始まりと言われております



施餓鬼旗とは
お盆の際にお仏壇または精霊棚に飾る旗です。ご先祖さまをお迎えする目印として立てるか垂らすもので、久光院では塔婆に付けています。この5色はそれぞれ仏様の先生である如来を表しています。 紫 (みょうしきしん)阿閦如来は怨みや怒りから救う 黄 (かこほうしょう)宝生如来は欲深い心を取り除いてくれる。 緑 (りふい)釈迦如来は不安を除き餓鬼の世界から救う。  赤 (かんろおう)阿弥陀如来は心身を安穏にして下さる。 白 (こうばくしん)大日如来は食べ物が食べられない餓鬼に飲食が出来るようにする。 この5体の仏さまによって、餓鬼、そして、我々のご先祖さまを供養致します